‘連続シンポジウム’ カテゴリーのアーカイブ

垂直の路地裏

1970?80年代における札幌市のサブカルチャーシーンの再確認と伝承

日時:2010年 6月19日(土) 20日(日)
場所:イベントスペースEDiT
札幌市中央区南2条西6丁目 南2西6ビル地下(東急ハンズ裏)
※シンポジウム会場は、原画展会場と異なりますので、ご注意ください。

チラシはこちらから(PDF1.4MB)

★本シンポジウムは、USTREAM+Twitterでインターネット中継される予定です。

→USTのページはこちらです。
http://www.ustream.tv/channel/yaneuratv-17-yumekichimanga?lang=ja_JP

札幌の70、80年代…中島みゆきが「南三条」に歌った都市のストリート。ここから音楽、演劇、映画、漫画、出版など、澎湃と沸き上がる文化の光芒があった。これら創造の「場」はどのように生まれていったのか。記録に残されることの少なかった札幌の70、80年代のサブカルチャーシーンを当時のキーパーソンたちが語る。

6月19日 土 17-19時
session 1 駅裏8号倉庫のインパクション

飯塚優子 レッドベリースタジオ主宰  中島 洋 シアターキノ代表

駅裏8号倉庫は、1981年9月にオープンし、1986年4月に活動を終結した、札幌のフリースペースだった。旧拓殖倉庫というのが正式名称だった。札幌のサブカルチャーシーンを語るには不可欠の文化的装置だった。駅裏8号倉庫の活動を振り返りながら都市においての文化的装置の重要性について議論していく。

6月20日 日 13-15時
session 2 そこにあった音楽の場所

高瀬清志 芸森スタジオ副社長  和田博巳 元和田珈琲店店主

?数多くのミュージシャンが巣立っていった街、札幌。とくに1970?1980年代はジャズ喫茶、ロック喫茶、ライブハウスが南三条通り界隈に集積し、様々なムーブメントも起きていた。当時の都市空間の変容に注目し、サブカルチャーシーンの形成過程を紹介していく。

6月20日 日 15時30-17時30
session3  湊谷漫画と銀河画報社

阿部幸弘 漫画評論家 ミミ山田 シェッタガーリア/オフィス観音代表取締役

?湊谷夢吉、山田勇男などによって1973年に札幌に設立された「銀河画報社」の活動をマンガを中心にして紐解いていく。ジャンルを越えての活動がその後、展開されていくが、現在への影響を視野に入れて1970?1980年代の札幌のシーンを読み取っていく。

ファシリテータ

増 淵 敏 之 法政大学大学院政策創造研究科教授

1957年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科修了、博士(学術)。テレビ、ラジオ番組、音楽コンテンツ制作等に従事後、研究活動を開始。経済地理学、文化地理学をベースにして、コンテンツ産業の立地行動及び都市構造の変容との関係性などに関心を持っている。近著に「物語を旅するひとびと」(彩流社)などがある。

パネリストプロフィール

飯塚優子
アートコーディネーター 赤い実企画代表/レッドベリースタジオ主宰、4丁目プラザ(ファッションビル)企画宣伝部退社後、芸術文化ホール建設に関わる市民運動事務局や、(財)北海道演劇財団設立事務を担当、北海道演劇財団監事、北海道文学館評議員。札幌学院大学非常勤講師。

中島 洋
シアターキノ代表。北海道大学入学映画研究会に所属し自主制作、自主上映活動を始め、80年代は映像ギャラリー・イメージガレリオを拠点に活動、92年市民株主の出資による映画館「シアターキノ」を設立し代表となる。駅裏8号倉庫の運営委員として同活動を牽引した一人。

高瀬清志
1970年代からバンド活動を始め、「スパ二シュ・ムーン」を結成、その後、YAMAHA、WESSと転じ、FMNORTHWAVEの開局に参加する。2008年常務取締役を最後に辞し、現在、芸森スタジオ副社長。

和田博巳
1970年代に上京、高円寺でロック喫茶を経営、その後、はちみつぱいのべーシストとして活躍。解散後、札幌で「和田珈琲店」「バナナボート」を経営、プロデューサーとして活躍しつつ、現在はオーディオ評論家としても著名である。

阿部幸弘
マンガ評論家として北海道新聞や「鳩よ!」(マガジンハウス)「ユリイカ」(青土社)等への寄稿、数々のマンガの解説なども行っている。現在はフリースペース「ATTIC」にも関わっている。精神科医。

ミミ山田
1983年伝説のバンド・シェッタガーリアを結成。札幌のライブハウスの動員記録を次々と塗り替える。 プロモーションビデオを湊谷夢吉が監督するなど銀河画報社とのコラボレーションを行う。現在もバンド活動を続けるかたわら、演劇、映像、音楽などを複合したイベント「観音秘宝館」を定期的に行っている。